某ネットショップを見ていると
昭和レトロなおもちゃというカテゴリーに
懐かしいニッコーのラジオコントロールカーが出ていて
昭和の頃、80年代に憧れた初期はトヨタ2000GTの後継のように
トヨタ3000GTとして売り出された高級スポーツカー
70スープラ3000GTのラジコンカーだった、
ニッコー製の安物で使い古された中古だが
懐かしくて買ってみた
1977年頃スーパーカーブームの少し後に
以前はエンジンだったラジコン機に電動ラジコンが出て
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その電動ラジコンカーがブームになった
それ以前の電動コントロールカーはコードが付いた物で
安っぽかったし子供の頃はワイヤレスで動く物が珍しかった、
自分が初めてみたラジコンは近所の年上の兄ちゃんが
持ってたエンジンの飛行機のラジコンだったが
それはワイヤーの付いたUコンというもので
自分でクルクル回って飛ばす物で何が面白いんだろうと思ってた😅
1970年代当時だから近所の空き地でやってた
そのブームになった電動ラジオコントロールカーは
当時は1番人気だった1/12はモデルは操縦する機械のプロポと
車体が別売りで充電式のニッカド乾電池で
最高時速25km/h、(実車スピード300km/h)
が出て速い物だったがセットで約3万円ととても高価で
(当時の初任給は7~8万円の時代)
同時期ブームだった電子フラッシャー自転車と同じく
1人っ子か金持ちの子しか買ってもらえなかった
後はお年玉を貯めるかだが
自分はお年玉は自由に使えなかった
当時はレース等で人気の1/12が主流でこの大きさじゃないと
小学校高学年ではかっこ悪くて表にだせなかった
自分も当時ブームだったので欲しくて親にねだったが
高い1/12モデルは買ってもらえずニッコーのセットで
1万円ちょいの1/20?の小さい奴をやっと買ってもらった

こんな感じのランチアストラトスターボ

小さいので友人の前ではかっこ悪くて出せず
走らせる時は一人で走らせていた、
結局、最後は側溝に嵌って水に濡れ壊れた![]()
当時は使用バンドが6個程あって
プロポにラジコンのバンドがわかるように
プロポのアンテナにピンク色や青色などのリボンを付けて
自分のバンド周波がわかるようにして
同じリボンの色を付けたバンドの人が近くにいるときは
誤動作を防ぐ為利用は控えるのがマナーだった
なので1/12モデルは憧れだった
当時住んでいた近所の城東区放出のすみれ主婦の店
現コノミヤの3階のおもちゃ売り場に良く見に行ってて
その時目の前で父子がタミヤのラジコンカーのセットを
買ってもらっているのを見て羨ましかった
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アクア・リアージュ
長時間保存可能だからいつでもどこでも水素水 水素水は保存が難しく、時間が経つとただの「水」になってしまいます。 しかし、アクア・リアージュは、ナノサイズの小さな水素のバブルを作り出すので、 生成した「水素」を長時間保存することができるのです。
日本を含む世界10カ国で特許取得
その代わりサイクリング車は買わないと言われてたので
二択だったようだがそれでも羨ましい
当時は大阪府門真市にカドマラジコンという店が
ラジコンのサーキット、門真サーキットを持っていて
話題になり1度見に行った事がある

当時はブームだったので色んなメーカーがラジコンカーを
発売していた
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田宮模型
スーパーカーブーム時代のポルシエ934ターボや
ランボルギーニ・カウンタック
1976年に富士スピードウェイで日本でF1グランプリが
行われた事もあってF1マシン
ロータス78や6輪車タイレルプロジェクト34
シックスホイラーなど

腰に巻くだけ 身体のバランスを整えるクインシア体幹ベルト 最先端特許技術加工 光量子加工 ホルミシス効果 日本製スポンサード リンク中国特許、米国特許、日本特許、国際特許、米国著作権 サイズ 8cm×103cm 表地 ナイロン・ポリウレタン 中層 ポリウレタン 裏地(肌側) ナイロン 定価55000円(税込価格)
よく少年雑誌の後ろに載っていたムスタングや
トランザムなどのオオタキ
外観はほとんどプラモデルなのでぶつけると修理が大変だった
後で簡易な一体成型のペイントモデルが出た
当時自分が欲しかったのは田宮模型製の
初代セリカのレーシング、シュニッツァーターボセリカだったが

タミヤの当時物のカタログより


1970年代の漫画サーキットの狼や1980年代の漫画
よろしくメカドックにも出て来てた
結局ターボセリカは買えずにブームは終わった

(1977年の雑誌広告)
当時良く出て来た言語、アルミシャーシー、サブロクモーター、
サンパチモーター、ゴーヨンモーター、スポンジタイヤなどの
言語は覚えていて懐かしい
その後はブームが過ぎた1980年頃飽きた友人から
安く売ってもらいようやく1/12のそれも憧れの
ランボルギーニカウンタックを手に入れた

がそれは三和電器製で残念ながら最高速度9km/hと
かなり遅いものだった![]()
サンパチモーターに変えても電力が追い付かず駄目だった
結局近所の子供にやった
そして2000年頃、フリーマーケットで安さと
その1/12の大きさに釣られて買ったのを
SNSの昭和仲間とラジコンブームの話をして
10年後くらいに思い出し引っ張りだしたのが

BMWミニのラジコンカー
ヘッドライトが点いて音楽が鳴ってゆっくり走らせる物だった
がやっぱりいい大人がこんなおもちゃみたいな安物を
走らせるのもと知り合いの子供にやった
でも今更本格的な物を買っても走らせるとこが無いし
まあ当時は道路で走らせる程度しか出来なかったが
最高速20km以上が憧れだった
大人になってから買おうと思った事があるし
大阪には当時から有名なラジコンサーキットが今も残ってるけど
まあ買っても多分長続きしないだろうと忘れていた
そして届いた

子供の頃買ってもらったのと同じニッコー製
昭和の時代だからこんな安物でも一応メイド イン ジャパンだ😄
多分1986年製かな
箱は無かった、箱があった方が骨董価値としてあるようだが
まあしょうがない、どうせ動かないだろうと思って
乾電池を入れてみたら動いた😍
前輪も動く、前期の70スープラでもワイドボディで
手動だがリトラクタブルヘッドライトも開閉する





















