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摩耶山に佇む廃墟となった山の軍艦ホテル摩耶観光ホテルの所有者が解体から保存へ 公開も間近?

投稿日:2016年12月16日 更新日:

先日テレビの報道番組で

ある廃墟ホテルが取り上げられていた

その廃墟は1993年に廃業した

兵庫県神戸市の摩耶山の山奥にひっそり佇んでいる摩耶観光ホテル

昭和7年開業のL字型アールヌーボ風デザインで

当時はその外観から軍艦ホテルと呼ばれた

まるで豪華客船タイタニックを思わせるようなホテルだ

廃墟マニアの中で美しい廃墟と言われた山の軍艦ホテルと呼ばれた摩耶観光ホテルの現役時代

ただ1995年の阪神大震災までは交通手段として

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普通に摩耶ロープウェイや摩耶ケーブルカーが動いており

どちらからでも簡単に行けたのだが

1995年の阪神大震災により唯一の交通手段である

摩耶ケーブルカーと摩耶ロープウェイは

甚大な被害を受け休止状態になり

山奥の摩耶観光ホテルに行くのは困難になり

そのまま山奥にひっそりと無人島のホテルのようになった

まるで廃業後はもうそっとしておいてくれといわんばっかりの

廃業2年後の阪神・淡路大震災の交通手段の寸断だった

ただ廃墟に魅せられた廃墟マニアの強者どもは山奥を長時間歩き

この美しい廃墟に到達し、それぞれの世界観で写真に納めて行き

当時普及し始めたインターネットに載せ始めた

そして廃墟がやや話題になり始めた2000年前後から

廃墟マニアの間で廃墟の聖地と言われ

まるで豪華客船、タイタニック号の外観のような

アールヌーボデザインは素晴らしく

廃墟マニアの中で美しい廃墟と言われこの当時は現場への

到達にも困難を伴う事からか廃墟の聖地と言われた

ただそれだけなら良かったのだが摩耶ロープウェイ、

摩耶ケーブルカーの復旧により簡単に行けるようになった事もあり

別の目的で侵入する者たちによってこの現存する建物の価値が

わからないせいかこの美しい廃墟は無残にも破壊もされていく

ここは廃墟マニアで以前から特に美しいと言われた部屋、緑の部屋

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廃墟ファンと廃墟所有者とを繋げる役をしているようだ

NPO法人夫婦の方もこの空間自体がアートだと語っていた

実は自分もかつて摩耶ロープウェイ、ケーブルカーの開通前に

登山をしてこの摩耶観光ホテルを見に行ったことがある

美しい廃墟と言われた摩耶観光ホテル、阪神大震災で被災したロープウェイ復旧前に登山して見学に 2001年

 

だがその後2002年の摩耶ケーブルと摩耶ロープウェイの

復旧があだとなったのか誰でも簡単にこの摩耶山中にある

摩耶観光ホテルに行けるようになり不法侵入者などが増え

それによる破壊行為などがありさらに荒廃していった

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2008年7月頃、ケーブル駅より

その点ではあのまま摩耶ロープウェイやケーブルカーが復旧せず

ひっそりと美しい廃墟のまま置かれていたほうが

行く苦労はあるが廃墟マニアにとっては良かったのか

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 2002年に摩耶ロープウェイ、ケーブルカーが復旧した頃にも

この名建築の摩耶観光ホテルの廃墟を惜しむ声があり

復活を望む声が上がったとある新聞で取り上げられた

この記事中で京都大学の講師も震災で目立った被害は受けておらず

構造上問題は無く新築建物と同レベル以上の強度があり

比較的安価でリニューアル出来ると太鼓判を押していたので

摩耶ケーブル・ロープウェイと共に復活か?

と期待したが結局それっきりになってしまった

2008年頃には摩耶観光ホテルが話題になり

昭和モダニズム摩耶というオテル・ド・摩耶主催の

摩耶観光ホテル周辺のツアーもあったようだ

昭和7年開業の摩耶観光ホテル周辺は

1925年に摩耶ケーブルカー、1955年にロープウェイが

開通した事もあってかつては今のその寂しさからは

考えられないくらい奥まやスカイランドの遊園地と言われ

ティーカップ、ジェットコースター、展望台動物園などがあって

摩耶観光ホテルにも訪れる人々で賑わっていたようなので

その歴史を学ぶものだったのか、詳しくは知らないが

誰か行った人があればどんな物だったのか教えて欲しいもんだ

そしてまた2017年摩耶観光ホテルの存在が注目されている

この美しい廃墟の保存には

現在摩耶観光ホテルの所有、三宮さんも当初は

不法侵入者が多く事故の責任などの問題もあり解体予定だったが

このNPG法人の夫婦の方の熱意や地元の説得などもあり

一転して存続を決めたようだ

所有者の三宮さんは

「この方たちがすごく生き生きした顔で写真を撮りながら

こんな潰れたドアなどどこがいんだろう」と訝しがっていたが

そういう人達がいるんだなという理解が進んだ時に

私の考えはガラっと変わっていったと語る

今後はルールを守った廃墟観光ツアーなども検討中らしく

この摩耶観光ホテルの公開も近いかも知れない

注)摩耶観光ホテルは立入禁止となっています。

現在、定期巡回を実施しています。

不法侵入は発見次第に通報いたします

とあり監視カメラで証拠も取るので不法侵入はしないように

 

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執筆者:中途半端な昭和人


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1998年8月10日生まれ
1999年3月29日にやってきた
2012年7月10日腎不全により没


2012年5月12日生まれ、2012年8月27日に家族の1員に、長距離旅には先代よりたくさん行った
2023年7月8日に心臓肥大による心臓破裂で1時心肺停止、その後奇跡の蘇生、元気に復活するも2023年9月9日肺水腫再発により没

 

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