1977年当時愛読していた少年キング連載の漫画
少年が自転車で日本一周する物語のサイクル野郎に出てきた
知らない旅の人とふれあえる安い宿泊施設だった
憧れのユースホステル
仲の良かった同級生と1978年に出来たばかりの河内長野市の
河内長野ユースホステルに1978年8月12日の中学生の
夏休みにサイクリングで初めて宿泊し
そして翌年も1979年4月2日、中学の春休みにまたその同級生と
2度目のユースホステルにサイクリングで泊まりに行く
計画をしたのだが、その頃、父親が厄年という事で母がその年は
何か不幸が起こるのでは?とその年は行事事を自粛をしていて
自分もその年に旅にいくのを反対された
(当時はこういう迷信が信じられていた😅、特に女は)
なので本当はもっと遠くに行くはずだったが
母を納得させる為、出来るだけ家から近い20km程先の
豊中市の服部緑地にある服部緑地ユースホステルへ妥協
自分も友人も近すぎて不満だったが中止になるよりましと
そこで落ち着く事になった
出発当日は朝から雨が降り続いて今日は中止にて延期しようかと
服部緑地ユースホステルに電話するが4月はもう7日しか
空きが無くそれでは春休み最後の日になるし友人も
今日行きたいと言ったので雨が7時半過ぎに止んだので
9時出発予定だったが近場だから11時にゆっくり出発、
友人は弁当を用意していたが自分は用意してなかったので
近くのヤマザキパンで300円の弁当を買いに行って
いつもは別行動で行くが今日は母の不安もあって安心させる為
2人で一緒に走って出発、内環状線をひた走る、だが途中で
友人があっ!と叫んだ、「サイドのフロントバッグがあれへん!」
とそれは自分が貸してやった物だ、すぐ探して来いと言って
引き返して幸いあったようだ
淀川を超える長い豊里大橋、今日は4月なのにかなり風が強い
こけそうなくらい、そして中間地点付近で前を走っていた
友人が突然転びすぐ後ろに車が迫る😱
母の心配に煽られて自分もこの旅行、何か自分以外の友人にも
何か起こるのではという心配もあったから肝を冷やした
何とか車は避けて行った、友人によると道路に落ちていた樹脂の
ビール瓶の空き箱ケースに気づかず接触してしまったようだ
怒った友人は怒り心頭でそれを淀川に放り投げた😅
今でもそのシーンは覚えているが昭和54年当時は豊里大橋は
車と一緒に自転車は車道を走っていたから歩道が無かったのかな?
途中、スーパーサカエに寄って(上新庄かな?)少年ジャンプや
チョコボールなどお菓子を買ったりして3階でトイレをして
サカエを出ると上新庄の(当時は国鉄)高架があり当時、
憧れの0系新幹線がパンタグラフから青い火花をバチバチと
飛び散らせながら猛スピードで走り過ぎるのを見た、
やっぱりかっこいい(^^♪
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その後は川や商店街や原っぱを通り、昨夜からの雨で
ドロドロだったが近いので2時間程で
服部緑地ユースホステルに13時過ぎに到着、

鉄筋コンクリート構造地上3階地下1階建て
1959年、昭和34年8月の建設
腰に巻くだけ 身体のバランスを整えるクインシア体幹ベルト 最先端特許技術加工 光量子加工 ホルミシス効果 日本製スポンサード リンク中国特許、米国特許、日本特許、国際特許、米国著作権 サイズ 8cm×103cm 表地 ナイロン・ポリウレタン 中層 ポリウレタン 裏地(肌側) ナイロン 定価55000円(税込価格)

建設後6年後の昭和40年の画像
15時からしかチェックイン出来ないので前で
買ってきた弁当を食べて写真を撮ったり
ユースホステルの前で十数人の男女が踊っていたので
15時のチェックインだったが13時半くらいに
まだ受付出来ないかと聞くと今日は満員だと言われた、
受付者が予約して無い飛び込みだと思ってるらしく
予約していると言うと確認してもらって確かに名前はあります
もう入ってもいいとの事でまだ誰も居ない館内に入って
ペアレントさん(受付&責任者)からしつこいほど
トイレや風呂とか館内の説明をされた、
スリーピングシーツをもらいに部屋に行く、自分らが1番目で
部屋の鍵をくれた部屋は前の河内長野ユースホステルより
広かったがかなり古くて汚かった、木造りの部屋に荷物を置く、
部屋には机と椅子が2つづつあった
大きな窓の向こうには芝生が見えた、買って来たケロッグを
食べたり、少年ジャンプや家から持ってきた漫画を読んだり
その後は暇なので千里中央のセルシーでも行こうと外出
食事の時間までには帰ってきてやとペアレントさんに言われた
ただまた空が曇り始めていた、そして当時は凄い遊び場で
よく親に車で連れて行ってもらってた千里中央セルシーに
向かうが、あの辺りは自転車で来ると道がややこしく
道に迷って時間がかかった、さらに着く前に雨が降ってきた、
自転車置き場もわからず迷ってたら時間がなくなったので
結局、入れずに服部緑地ユースホステルに戻る
雨が凄く降ってきて雨の中帰りびしょびしょになったので
着替えて食事を食べて、食堂には一杯雑誌があった
前回の河内長野ユースホステルは出来たばかりだったので
綺麗だったがここはかなり古く感じたユースホステルだ
すでに建築から20年経っているのだから仕方ないか

(服部緑地ユースホステルのスタンプ)
この服部緑地ユースホステルも河内長野ユースホステルと
同様にサイクル野郎の劇中で見た楽しみにしていた
知らない旅の人との自己紹介などのふれあいの場の
夜のミーティングはなぜか無かった
翌日は朝食の後、同室の20代くらいの東京の優しい男の人と
ユースホステルの前でフリスビーをしようと誘われてした
服部緑地は大きな公園で大芝生、日本の民族集落、釣り堀
野球場などがある

昭和40年の服部緑地 民族集落
まああまりそれらには興味が無かったので
帰りはまた千里中央駅の千里セルシーに向かい
今度は入って遊んで
帰りはまた雨で中央環状線をびしょ濡れになって南下し
帰りに大阪府門真市のカドマラジコンへ寄ってみた





















