昭和40年代生まれの昭和レトロ探索とバブル時代の回顧 昭和の銭湯

昭和40年代生まれが書く関西中心の昭和レトロ探索とバブル時代の懐かしい物を振り返る 昭和レトロな銭湯の訪問記

昭和レトロ 大阪 消えた昭和の遊園地 バブル時代の夢の跡 大阪府 廃墟

消えた昭和の遊園地 西日本最古の玉手山遊園地はノスタルジーを残しながら公園として生き残る 危険な名物50メートル滑り台は今はどうなった?大阪府柏原市

投稿日:2020年6月15日 更新日:

大阪府柏原市にあった近鉄玉手山遊園地がオープンしたのは

明治41年、1908年8月、標高50~100メートルの玉手山丘陵に

起伏の多い地形を巧みに利用した遊園地として開業した

これは全国で二番目、西日本では最古の遊園地のようだ

その後90年もの永きに渡って広く親しまれてきたが

平成10年、1998年5月31日にその歴史に幕を閉じた

だが柏原市は歴史的にも由緒あるこの玉手山遊園地を

市民の公園として存続させるべきと各位の協力を得て

閉園の翌年の平成11年3月28日、

市立の公園としてリニューアルオープンした

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この玉手山遊園地を大阪市藤井寺市の道明寺駅と共に

絵本作家の長谷川義史さんが

テレビの毎日放送のちちんぷいぷいの中で散策していて

まだ道明寺駅前にも

昭和レトロな商店街 道明寺駅前 道明寺天神通り商店街 玉手橋 玉手山ドライブイン 大阪府藤井寺市 

玉手山遊園地の園内に

昭和レトロな物が残っているので探索に行ってみた

自分としては玉手山遊園地は有名で無い小さな遊園地だったので

子供の頃は存在自体も知らなかったけど、

平成元年頃羽曳野市に仕事で来た時に

遠くの山の麓に観覧車らしき物が見えたので「あれは何?」

と地元の業者に聞いたら

あそこに玉手山遊園地という小さな遊園地があると教えてもらって

初めてその存在を知った

玉手山遊園地は近鉄道明寺駅から徒歩20分とかなり遠く

アクセスが良くないのに駐車場も無かったようだ

元々遊園地は電鉄会社が自社の電車に乗ってもらって

その客に利用してもらうために建設したらしいのに

こんなに駅から遠いとこに作ったなあ

自転車を積んでまた大和川河川敷の無料の駐車場に止めて

一応道明寺駅から大和川の向こう岸の玉手山遊園地への通行路

として昭和3年に玉手橋が架橋されてはいるが

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玉手橋は五径間吊橋としては全国初の文化庁登録有形文化財

大和川の玉手橋を超えてさらに歩いて狭い住宅街を行く

そしてようやく電柱に案内板が

さらに上り坂になっている

ようやくここを曲がれば

赤い橋を渡り

ようやく入り口、市立玉手山公園ふれあいパークとなっている

所在地: 〒582-0028 大阪府柏原市玉手町7−1

電話: 072-978-5150

玉手山遊園地時代のゲートアーチ

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かつては入園料は大人500円、子供300円だったが

現在は無料開放している

入り口には今はもう営業してないのか売店が

坂本売店と言って何日もかけて煮込んだおでんが

昔懐かしい味で人気だったらしい

かつては夏の暑い日には

ソフトクリームなどを子供たちが買いに来たのだろう

売店横の企業の名前が入ったベンチ椅子

営業時のマップには中央入り口を過ぎるとメイン広場があり

メリーゴーランドやお化け屋敷、

こども電車など遊園地の乗り物があったようだ

スリルマシンのアストロファイター

回転ブランコのチェーンタワー

それらの大きな遊具は全て撤去され今は小さな乗り物が並ぶ

ボールプール前には昭和レトロな機械も残る

建物はゲームコーナーで前には庭園列車ミニSLがあったようだ

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かつての遊園地時代のオブジェは昭和のまま生き残る、噴水かな

メイン広場前には小林一茶や淀君などの記念顔看板が

これは結構古いので遊園地の頃からあったのかな

昔見た観覧車はまだ上の方みたいなので階段をあがる

かなりきつい森の中のような階段だ、これは元々運動公園か?(;^_^A

上の広場には昆虫館・貝・化石館とおもちゃ歴史館

昆虫館の中には観覧車の部品や案内板などが展示されていたので

観覧車は売却されず解体されたようだ

青いのは観覧車のドアかな

他にも遊園地時代の各施設の案内板跡も展示されているので

当時を知る人達にとってそれらを見たらタイムスリップ出来るかも

その横には

野外劇場、かつては戦隊ヒーローなどのアトラクションもあったのか

自分が平成元年頃、麓から見た観覧車は

野外劇場の後ろにあったようだ

この辺りだ、今は撤去され芝生の更地だ

小さな観覧車だが山の上にあったので景色は良さそうだ

梅林公園

アンティークな音楽堂、かなり古い建物で

これは玉手山遊園地が開園した明治41年に

園内の設備の一つとして建設された歴史ある建物のようで

明治の洋風建築の面影を伝える

屋根上の方位指示器には玉手山遊園地を建設した

河南鉄道株式会社の社紋がデザインされている

この上の展望台からは快晴の日には河内平野が一望でき

遠くは淡路島まで見渡せるらしい

こちらは東口の入り口

後は名物だったこの昭和50年代頃の画像の

50メートルの滑り台を見たいので

南入り口へ下りていく

しかし玉手山遊園の名物だった50メートルの滑り台は

現在はちびっ子ゲレンデとして縮小改修され

現在は安全の為かこの程度の大きさになっている

かつてはもっと上の観覧車の後ろの方からあったようだが

危険だった為

このようにちびっ子仕様になったようだ

確かに50メートル滑り台は今から思えば危険なように見えるが

現役時の50メートルの滑り台

まあ昭和の頃は今から思えば危険だったなあ

今なら絶対許可が降りないだろうという物がたくさんあったから

入り口付近の携帯電話が普及する以前はかつてはどこにでもあった

緑の公衆電話もこの昭和レトロな遊園地に似合う

帰りに富田林市のスーパー銭湯うぐいすの湯で汗を流しに

 

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執筆者:中途半端な昭和人


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