2002年に廃線となった南海和歌山港線の終点駅だった水軒駅
その跡地を見に行って
この水軒駅跡地から歩いて2分で
紀州徳川家第十代藩主徳川治寶により造営された
松を主体とした約33,000㎡におよぶ大名庭園養翠園がある
自分も1度行った事があり、
広い庭園をおじさんのガイドさんが説明付きで案内してくれた
自分らと同じ時間に外人女性が2人で来ていて
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おじさんガイドが英語で説明していた
そして水軒の浜跡地もすぐ近くにある

この辺は昔は海水浴場だったが埋め立てで無くなったようだ
かつての水軒浜の写真が飾ってあった
かつては荒浜、水軒浜と呼ばれ青松白砂の
美しい渚の広がる素晴らしい海水浴場だったようだ
またすぐれた漁村でもあったらしい

水軒の浜クーリン大作戦とギャラリーがあり
昔の繁栄期の写真が飾られていた
水軒の浜クーリン大作戦はかつて、和歌山市西浜に存在した
美しい松並木の「水軒の浜」の景観を取り戻す活動が、
現在活発に行なわれている事らしい
主催は水軒の浜に松を植える会
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海水浴場の後ろにかつてあった高津子山の山頂の回転展望台が見える

砂浜らしき土の感じ、もちろん今は7月中旬の海水浴シーズン
だがここに人の姿は全くない
水軒の浜海水浴場は工場団地として活用するために、
昭和38年から埋め立てが始まり、砂浜はなくなり、
またその後松林も荒廃が進んでいった
大阪の浜寺海水浴場みたいだ
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かつての防風林の松は松食虫でほとんど枯れてしまったが
湾の形に松林は続き漁村集落の名残を留めて
渚であった場所に水軒駅までの電車が走っていた
2009年7月19日




















