昭和40年代生まれの昭和レトロ探索とバブル時代の回顧 昭和の銭湯

昭和40年代生まれが書く関西中心の昭和レトロ探索とバブル時代の懐かしい物を振り返る 昭和レトロな銭湯の訪問記

昭和レトロ 大阪 昭和レトロな店 1970年代 流行 昭和レトロな喫茶店 昭和レトロな商店街 バブル時代の夢の跡 大阪府 昭和レトロ ビル

1970年代の昭和レトロなビルの寂れた廃墟、シャッター通りのなか卯1号店があった地下飲食街 ソシオ 阪急茨木市駅

投稿日:2022年11月27日 更新日:

大阪府茨木市役所前で行われた旧車イベント

茨木ヴィンテージカーショー2022の見学で

茨木市のJR茨木駅前の昭和レトロなビル茨木ショップタウンを見て

昭和レトロなビル 時代に取り残されたJR茨木駅前の1970年代の茨木ショップタウン

阪急茨木市駅にも駅と歩道橋で繋がっている同じような

昭和レトロなビル、ソシオ1があったので見に行ってみた

こちらも古いビルで茨木ショップタウン程高層ではないが

住居も併設している地上6階、地下2階建ての

最短1ヶ月で動画編集スキルが身につく!動画編集スクール【クリエイターズジャパン】 ・現役の動画クリエイターが教える動画編集スクール! ・万全なサポート体制!(個別LINE@サポート、オンラインサロン ) ・圧倒的なコンテンツ量で初心者目線で細かい所までを分かりやすく解説! ▼詳細はこちら
スポンサード リンク

古いショッピングセンターのようだ

1969年の施工で恐らく当時の再開発ビルディングの走りなのだろう

ソシオ1とさらに歩道橋で繋がるソシオ2も古いビルだ

こちらは1970年3月築で地下2階付4階建

ソシオ1は地下飲食街があるようで

1階の店舗も昭和っぽい感じのフロア

地下にはパチンコ屋も、新東洋って名前は昭和世代には懐かしい

昔堺市にあったホテル新東洋という温泉旅館を思い出す

昭和時代はコマーシャルも一杯やってて当時は有名な

宴会も出来る温泉ヘルスセンターのようだったので

近所の集まりで良く行った記憶がある

レストランの味をご家庭で。【ピエトロ公式オンラインストア】
スポンサード リンク

案内板は新しくフロアも結構大きいようだ

降りるとすぐに喫茶店の廃墟、コロンビアという

昔の喫茶珈琲によく付けられた店舗名

廊下はシャッター通り

誰も歩いていない、賑やかな阪急茨木市駅の地下

それでも電気は付きエスカレーターは動く

コーヒーショップ ジャニス、うす暗い店内でジャズ喫茶のような

結構お洒落なデザインの店だが残念ながら閉まっていた

ビル内なのに外のテラス席があるのかな?

サウンド&ティールームと書いてある

紹介ページでは、ジャニスという店の名前の由来はロッカーの

ジャニス・ジョップリンからとっているらしく

ジャニスを筆頭に70~80年代のアメリカン、ブリティッシュロックが

大好きな店長で店内は400枚を超えるCDの中から店長がセレクトする

店内のイメージに合わせてソウル・フュージョンミュージックを流す

コーヒーカップは、上品な京都たち吉の物らしい

この人の少ない地下街ではまさにこっそり楽しむ隠れ家の空間の様

地下名店街の案内版も昭和レトロしている

静かな地下街なので隠れ家っぽいともいえる

酸化ストレスの軽減に!業界初の抜けない水素水!ミネラル還元水素水生成器

アクア・リアージュ 

img855-702x1000.jpg 長時間保存可能だからいつでもどこでも水素水 水素水は保存が難しく、時間が経つとただの「水」になってしまいます。 しかし、アクア・リアージュは、ナノサイズの小さな水素のバブルを作り出すので、 生成した「水素」を長時間保存することができるのです。

日本を含む世界10カ国で特許取得

詳細はミネラル還元水素水生成器 アクア・リアージュのページへ

 
スポンサード リンク

西洋アンティーク風な喫茶&スナック

こちらのまじょりかもヨーロッパ調なアンティークな喫茶だが

休みのか開いていなかった

ここもシャッター通りの廊下

腰に巻くだけ 身体のバランスを整えるクインシア体幹ベルト 最先端特許技術加工 光量子加工 ホルミシス効果  日本製  img838-159x300.jpg 中国特許、米国特許、日本特許、国際特許、米国著作権  サイズ 8cm×103cm 表地 ナイロン・ポリウレタン  中層 ポリウレタン 裏地(肌側) ナイロン 定価55000円(税込価格)

詳しくはクインシア体幹ベルト商品ページへ

 
スポンサード リンク

飾り気の無い昭和レトロな造り

ガラス戸も薄汚れ曇っていて時代を感じる

ゲームセンター、GAME DINO 阪急茨木駅前店

こんな裏びれた地下街にあると

昭和の不良の溜まり場っぽくて懐かしい、暗いし

そういやこんなアーケードゲームあったな

いわゆる音楽ゲームだがここはたくさんあった

でももう平成レトロな部類のゲームかな

なんか喋りながらゲームをやっている人が居ると思ったら

配信が出来るゲームセンターらしい

昭和レトロな地下街の案内版

見覚えがあると思ったら

ここは2017年に来た時に阪急本通り商店街の方から入った

地下街だった

昭和レトロな商店街 昼でも夜でも静まり返ったシャッター通りの商店街 大阪府茨木市駅前

そうかソシオ1とソシオ2のビルは地下で繋がっていたのか

1895年(明治28年)創業の有限会社 虎谷誠々堂書店の広告看板

この書店は茨木市出身の川端康成の小説にも登場する

こちらも相変わらず静かな地下街

以前はこっちのソシオ2のビルから入ってきた

一応何店舗か店は営業しているものの人は歩いて来ない

すぐ地上の茨木市駅前はたくさんの人が歩いているのに

まるで忘れ去られて隠された場所のように

このシャッターが閉まっている場所に

牛丼のなか卯の1号店があった、2005年に閉店したが

1969年開業だからこのビルの開業と同時期に営業していたようだ

今も残る案内看板には手打ちうどんなか卯と書かれていて

なか卯は元々はうどんが売りだった様

1974年にオープンしたなか卯初の牛丼店、梅田地下街の

なか卯梅田店は1980年代半ばによく行った、80年代半ば当時は

牛丼屋チェーン店は1899年創業の吉野家が全国的に有名で

2番目の新しい牛丼屋のなか卯と牛丼屋と言えばこの2店舗だった

自分も80年代半ばに通学で梅田に良く行くようになって

友人からなか卯の名前を初めて聞いて吉野家と微妙に味が違い

気分で変えて交互によく行くようになった

当時はつゆだくが選べるのがなか卯だと思ってた

まあ吉野家も全国チェーン店で有名だったが1970年代くらい迄は

当時自分が住んでいた大阪市鶴見区、城東区周辺には無く

ただ今福に吉野家によく似た牛丼屋があって

仕方なくそこに良く行ったのだが名前は吉野家では無かったし

その名前も憶えていない、今はそこも存在しないのでわからない

だから早く本物の吉野家の牛丼を食べてみたいと思ってた

吉野家も1970年代に1度倒産してダイエーが肩代わりするといって

結局断念したニュースは有名でよく覚えている、というのは当時、

山上たつひこさん著の人気漫画の主人公がこまわり君の

がきデカの作中に出て来たから

前のコーヒーショップMACも

かなり古びているが造りがお洒落で昭和レトロな喫茶店だ

 

 

中古家電の専門店♪リユース家電Happy 最大1年間保証で安心! 実店舗ありで実物を見てからでも購入可能! ▼詳細はこちら
スポンサード リンク

-昭和レトロ 大阪, 昭和レトロな店, 1970年代 流行, 昭和レトロな喫茶店, 昭和レトロな商店街, バブル時代の夢の跡 大阪府, 昭和レトロ ビル

執筆者:中途半端な昭和人


コメントを残す

関連記事

80年代、バブル時代に出来た大阪ビジネスパークのツイン21はまるでニューヨークだった、エリック・ストーラー氏による光の芸術、マジックガーデン

1986年に大阪市中央区城見に出きた 26万平方メートルの敷地に超高層ビルやホテルなどが立ち並ぶ 新都心の大阪ビジネスパーク(OBP)の中核施設のツイン21、 地上157メートルの2棟の高層ビルは そ …

昭和40年代の古い地図、ドライブガイドから紀伊半島42号線の沿いにあった全盛期のドライブイン時代 

先日家から出て来た 古い昭和40年代頃の関西周辺のドライブガイド かなりぼろぼろで表紙と裏表紙が欠落しているため この本のタイトルや正確な年代はわからないが 和歌山県の有名温泉地にかつてあった 白浜ロ …

昭和53年夏 河内長野ユースホステル 初めてのユースホステルに宿泊 1978年の地図 

昭和53年 1978年8月12日 1970年代に週刊少年キングで連載していた荘司としお著書の 自転車で日本一周をする物語のサイクル野郎を見てて その当時、旅をするお金の無い若者の安い宿として 全世界に …

都会のビジネス街に昭和のまま残る昭和レトロな銭湯 いろは湯 大阪市中央区谷町  

大阪市中央区の谷町、この辺りは以前、 旧い民家を改装し、逆に古さを活かしたレトロな 古民家カフェなどを流行らせたパイオニアの地区だが 大体の大阪市中央区の谷町のイメージは 大阪市の中心なのでオフィスの …

昭和レトロな廃業銭湯 百楽湯 箕面市 牧落駅の百楽荘の高級住宅街に今でも佇む

阪急電車・阪神電車の1日乗り放題  阪急阪神1dayパスでの昭和レトロ探索 阪急電車の梅田駅から出発する宝塚線は 1984年の4月から12月にかけてサンケイスポーツを 各駅の売店に運ぶアルバイトをして …

1998年8月10日生まれ
1999年3月29日にやってきた
2012年7月10日腎不全により没


2012年5月12日生まれ、2012年8月27日に家族の1員に、長距離旅には先代よりたくさん行った
2023年7月8日に心臓肥大による心臓破裂で1時心肺停止、その後奇跡の蘇生、元気に復活するも2023年9月9日肺水腫再発により没

 

メールアドレスを記入して購読すれば、更新をメールで受信できます。

83人の購読者に加わりましょう