和歌山市のぶらくり丁から自転車で
国道42号線沿いの廃墟の喫茶店を見に行って
確か以前JR紀和駅近くに昭和な銭湯があって
誰かのブログで見たのでまだあるか見に行くが
もう紀和湯は無く別の建物が建っていた

グーグルマップで見ると2021年くらい迄はあったようだ
そしてJR紀和駅を見に行く
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前の広い通りはほとんど乗降客もいない駅でローカルな駅だと
思っていたが、駅前の通りには一応商店街の店舗が
たくさん残っていてグーグルマップの10年前はもっと
多くの店が残っていたがもう取り壊された店も

駅前には昭和レトロな喫茶店や昭和な屋号や宣伝の書かれた
劣化し廃墟の様に見えるテントのクリーニング店があった
近くには植物に侵され廃墟の様な住宅と更地が目立つ土地が
ローカルな駅前の寂れた商店街はこんな物かと思っていたが
調べるとこの紀勢本線のJR紀和駅、今は単なる通過駅と
なっているがかつては和歌山駅として誕生し、
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昭和43年迄は汽車の発着はすべてこの紀和駅でなされていた、
その後は駅名の和歌山駅は当時の東和歌山駅、民衆駅の
現在のJR和歌山駅に移された、
今はほとんど人の気配が無くたまに迎えの車が来る程度だが
和歌山駅当時は汽車が着くとぞろぞろ人が歩くので
時計代わりになったと当時の地元民はいう
紀勢線の乗り換えも高野・王子方面もみんなこの駅が起点で
貨物駅もありトラック運送がまだ発達していない頃は荷物は皆
ここに付き町の70パーセントが運送業で馬力屋と呼ばれ
盛んだったようで旅館や食堂もたくさんあって繁盛し
当時は和歌山では1番活気があったらしい
戦時中は軍用列車も出た、兵士の出発と凱旋は全てこの駅で
戦争が激しくなくなって毎日万歳万歳と見送りの旗で
この駅は埋まったという、戦争でもう2度と帰って来れない
かもしれない兵士達にとっては最後に見る故郷の駅だったようだ
和歌山駅名を譲って以降はやがてバスの発着もなくなり
タクシーも見なくなり、駅の売店も閉じ名所版も撤去され
当時流行っていた駅前の駿河屋も移転してしまった
とは言え和歌山駅が建つ前も実質的には和歌山の表玄関だったが
鄙びた小さな駅舎だったらしく阪和線の駅の方が立派だった様だ
終戦後は駅周辺の焼け跡に闇市が出来て色んな日用品が
並んでいき朝夕は大変賑わい人々は戦後の日本の復興を信じ
日々過ごしていったという

前の通りのこの歴史がありそうな煉瓦跡の塀が残る巨大な空地は
かつて何かあったのかな?
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ぶらくり丁の駐車場に戻ってぶらくり丁を歩く





















