用事で大阪市港区の弁天町に来たのでその後は
まずはJR西日本の大阪環状線、大阪市営地下鉄中央線弁天町駅前
にあって現在は解体中の交通科学博物館
を見て昭和レトロ探索して
その後はかつては小豆島行きのフェリーが出てた
弁天埠頭に久々行ってみようと
1980年代の学生時代に2年連続で夏休みに友人ら5~6人で
弁天埠頭からフェリーで小豆島に渡り2~3日民宿で泊まり、
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海水浴に行った時にこのフェリーに乗った事がある
もうフェリーの営業は何年も前に終了しているようだが
確か弁天埠頭からは加藤汽船と関西汽船が出航してあったはず
弁天町駅から見える1993年のバブル時代に華やかに

オープンした50階建てのオーク200だが

今は破産施設のひとつになっているオーク200の裏側に
両方の汽船の離発着場だったターミナルビルは
ひっそり昭和のままの時間に置き去りにされている
と聞くが
結構遠いが1980年代当時も地下鉄中央線弁天町駅から
フェリーターミナルまで皆で歩いた
まあ当時ならフェリーターミナル行きのバスもあったんだろうな
若いから交通費もかかるから歩いたけど、
そしてようやく

フェリー乗り場が見えた
かつては関西汽船、加藤汽船が九州、四国行きのフェリーを
多数運行していた
どちらのフェリーも小豆島に行くのに乗った事がある
特に加藤汽船は夜に乗ったのであの看板のネオンは覚えている
1983年と1984年だからもう30年も前になる
明石海峡や瀬戸大橋の開通でフェリーは廃れてしまったが
当時は乗客やトラックや車もたくさんいてまだまだ活気があった
あの時は8月の真夏の夜だったが
フェリーの甲板は海風が涼しくて気持ちよかった
1983年の関西汽船

この船に乗って小豆島から大阪へ、約4時間半の航路だったかな
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海の少ない都会に住んでいたので当時は海を見てるだけで
ワクワクしたし
海に似合うお洒落な杉山清貴&オメガドライブの曲を
ウォークマンで聞きながらムードに酔いしれた


こちらは1984年の加藤汽船


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昭和時代の1988年、関西汽船が発行していた
潮風通信という新聞が手元に残っていた、電話番号も9桁だ
主催は株式会社関西汽船トラベルエージェンシー
全盛期は大阪駅前や阿倍野営業所、神戸営業所と4か所営業所が
あったが明石海峡大橋、瀬戸大橋の開通などにより乗船客も
減少しもはや時代遅れの施設となり
1995年に全ての運行が廃止され
今はもうこのフェリーターミナルは誰も足を踏み入れないので
廃墟と化しているようだ

が

その廃墟ビルをあえて利用しているのかアートギャラリーが
バスはまだ走っているのかわからないが
こんなとこに人は来るのだろうか

デザイン、アート、アンティーク、雑貨と書いてあるから
なんかのショップなのかな

アートなオブジェがある
昔はここにバスの発着所があった


これ以上は立ち入り禁止

この建物が残っているので
ここだけ見れば昭和の世界に戻れるようだ





















