昭和40年代生まれの昭和レトロ探索とバブル時代の回顧 昭和の銭湯

昭和40年代生まれが書く関西中心の昭和レトロ探索とバブル時代の懐かしい物を振り返る 昭和レトロな銭湯の訪問記

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生駒山上遊園地 2022年 80年代の絶叫系マシン全盛期との違いを比べてみた 昭和レトロが残る遊園地

投稿日:2022年8月24日 更新日:


奈良県の生駒山は

大阪と奈良の境界にそびえる標高642メートルの山で

電波塔が立ち並びかつては生駒山上天文台があった

(昭和30年代の生駒山上天文台)

山頂からは大阪湾まで眺められ

夜景の名所であり夏は納涼客もたくさん訪れ賑わう

大和と河内の国境を成す生駒山は現在では電車で

全長約3500メートルの長い新生駒トンネルを通って

楽に行けるが

それが無い時代は苦労して峠を越えていたようだ

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(昭和30年代の生駒山上からの夜景)

それは今でも変わらず100万㌦の夜景が広がる

金剛生駒国定公園となった後は東の奈良、

西の大阪より至近距離にある手軽な行楽地となっていった

そんな生駒山上にある

約80万平方メートルの敷地に広がる昭和4年開園の

歴史あるレジャーランド

生駒山上遊園地、スカイラインド生駒とも呼ばれる

展望の美しさとスリルを同時に楽しめる一大遊園地だ

大阪から近いと言う事もあっていつもその姿は

大阪の東の山々に見え、特に夏の夜はナイター営業で

山の上にイルミネーションのごとく光輝いていた

自分も1980年代に電車や車で何度か訪れた、

いつも夏の夜だった

80年代は絶叫マシン全盛期ということもあって絶叫マシンなどを

一段と空に近い夜景を見ながら楽しんだ

80年代、バブル時代の絶叫マシン全盛期だった生駒山上遊園地、死亡事故のあった世界初のオートチェアカート ナイトスケートも出来た

だが10数年前にテレビのニュースで1990年代迄は

年間入場者数70万人を誇り人気だった生駒山上遊園地も

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レジャーの多様化や時代の流れと共に

2004年には入場者数が1/4以下の15万人になり

他の昭和に全盛を誇った各地の遊園地を襲った

来場客の減少により存続が危ぶまれたが絶叫系マシンを廃止し

常に刺激を求める飽きやすいカップル向けの遊園地から

常に純粋な心を持つ?子供向けに絶叫系マシンを廃止、

つまり脱・絶叫マシン子供目線にする事でメインターゲットを

小学生とファミリーにしてユニバーサルスタジオジャパンとの

真っ向勝負を避けてファミリー遊園地に回帰し

人気を盛り返した遊園地という特集番組を見て

どう変わったか

その意味では生駒山上遊園地は消えた昭和の遊園地として

新しく生まれ変わった遊園地だ

1980年代の若い頃に来て今も残る遊園地の懐かしさもあって

2022年の夏、変化した生駒山上遊園地に

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過去と同じく夏の夜の納涼を楽しみながらと夏の夜に訪れてみた

東京ディズニーランドやユニバーサルスタジオジャパンしか

知らない20代の女性はこの昭和レトロな遊園地にある遊具を

見て乗って風景を見てどう思うだろうか?という実験も兼ねて

同行してもらった

1983年の車の免許の無かった学生時代以来の

近鉄電車で鶴橋駅から生駒駅へ

2年前の2019年12月に近鉄生駒駅に行って

じっくり昭和レトロ探索した事がある

昭和レトロな一昔前の商店街が並ぶ生駒駅前南商店街 ぴっくり通り商店街 近鉄生駒駅

近鉄生駒駅からすぐの鳥居前駅から生駒ケーブルに乗って

もちろん80年代当時は現在のブルとミケのような

可愛い列車で無かったが

この変わったケーブルカーに1度乗ってみたかったのもあって

これも今日は電車で来た理由のひとつ

宝山寺駅で一旦降りて

男はつらいよのロケ地巡りや昭和レトロ探索をしてから

昭和レトロが残る 生駒ケーブル 宝山寺 新地の旅館街 今は夢の跡も80年代、昭和の頃は賑やかだったフーテンの寅さんのロケ地 男はつらいよ  

再び生駒ケーブル、宝山寺駅へ

乗り換えの宝山寺駅からの生駒山上遊園地行きのケーブルカーも

可愛い列車、オルガン型のドレミ号と

今日乗ったケーキ型のスイート号

すれ違ったのがドレミ号

2つの駅で止まって終点の生駒山上駅、昭和な駅舎だ

30年以上振りの生駒山上遊園地

生駒ケーブルカーで来たら入場口はすぐだが

車の免許を取ってからは車で来ていたので

車で来たら有料の駐車場料金を払って

確か当時は600円くらいだった

そこからまた遊園地の入場までは登りがあるため

有料のカートに乗らねばならない

当初はスキー場のような一人乗りリフトで上がっていたが

その後、1980年代半ばに当時は世界初の乗り物だった片道150円の

オートチェアが出来てそれまでの囲いが無い一人乗りのリフトより

仲間や家族などで乗れてより安全と思われたが

オープンタイプだった為に平成6年に写真を撮ろうとした若い男性が

無謀にも走行中に他の車両に乗り移ろうとして誤って転落し

レールに巻き込まれて死亡するという悲劇的な事故があった、

このオートチェア、後でスカイシャトルとも呼ばれた乗り物は

2016年11月中旬まで運行された

自分も何度か乗った事がある

現在は乗り移りが出来ないように

密閉型のDONDONどんぐリスに変わっている

かわいいシマリスをモチーフにした乗り物で

駐車場と園内を楽々移動 往復 500円 片道 300円

もちろんお金を払いたくなければ横の階段でいけば無料だ😅

以前に駐車場の一角に冬季にナイター営業していた

スケートリンクスターナは1990年代終盤の経営悪化時に

閑散時の冬季は生駒山上遊園地が休園していた為、廃止された

奥のレストランやロッカールーム等の建物施設のみ

今でも廃墟として残る

昔は有料だった入園料も今は無料

まずは乗り物券を買いに奥の園内総合案内所(飛行塔横)へ

のり放題「のりものフリーパス」料金は3600円

のりもの券12回分「とくとくチケット」料金は3400円

200円の差で1日好きなだけ乗れるフリーパスの方がお得っぽいが

子供用の乗り物が多く大人2人ではそんなに乗らないだろうと

12回券を買った、フリーパスはその日限りだが乗り物券は

余ったら置いておいて別の日も使えるし(有効期限があるが)

これはクレジット払いもOKだった

1992年頃の園内マップ

2000年頃は正面玄関すぐ左にあった宇宙科学館は無くなり

わんわんステージやペットふれあいの森になったが

それも無くなり現在はITADAKIという有料の山や

子供の水遊びの施設になっている

正面入り口から登ったこの両サイドに過去に絶叫系マシンがあったが

現在はすべて撤去され花やモニュメントに変わっている

丘のミニチャアハウス

まずは昭和レトロな感じのゲームセンターへ

ここは昔から存在したようだ

昭和レトロなゲームや

射的は20代の女性が興味を示しやりたいとやっていた

300円で10玉、小さなキャラメルの様な箱だが

せっかく当たっても弾かれて落ちずイラついていた😅

まずは丘の端にあって絶景を眺められる昔からある足漕ぎで進む

サイクルモノレールへ

1985年に車の免許を取った夏に同級生の女子と

夜のドライブで生駒山上遊園地に来たが残念ながらその子は

絶叫系マシンが苦手という事で一切絶叫マシンに乗れず

この大人しい遊具のこのサイクルモノレールならいいと

これに2人で乗ったので30数年ぶりに乗るので懐かしい

その時はナイターだったので夜景が綺麗だったが

途中から高いレールになるのでこれも怖がっていたが

今日は明るい景色で初めてだがこれも絶景で良かったので

もう1度夜に乗ろう

ここにあったトップガンやスペースセブンも撤去されている

この先に絶叫マシンのウルトラツイスターがあった

乗った事のあったグレートポセイドン

があった場所は

滝の噴水広場になっている

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生駒山上遊園地では歴史ある飛行塔、日本最古の大型遊具で

第二次世界大戦中は軍の防空監視所として使われていたので

金属回収を逃れ1度も壊されずに今もほぼ当時の形で残る

昔は大阪の通天閣タワーのように柱に三菱エレベーターや

森永チョコレート、森永キャラメルのスポンサー看板があったが

今は宣伝効果が無くなったのか撤去されて無い

まあこの飛行塔は夜になっても全く光らないが

80年代の若い頃はただ上に上がるだけの

スリルの無い子供向けの遊具には全く興味は無く

乗りたいとは思わなかったが、中年になった今は

第二次世界大戦をも駆け抜けた歴史ある

日本最古の大型遊具と聞いて乗ってみたくなった

山上より32メートルの高さは絶景だった、

もう1度暗くなった夜にも乗って夜景も見たい

この飛行塔の横辺りに

1980年代に解体されたようだが360度の円形展望台があった、

これも残ってたら絶景が見れたんだろうな

昔から残る錯覚の部屋 ホワイトハウス

(1985年の画像)

この前に個人的に好きな家がひっくり返ったように錯覚して見える

びっくりハウスがあったが子供向けの乗り物なのに

なぜか撤去されもう無い 久々乗ってみたかった

縁結びの神様 八大龍王

奥の細道を通って裏道へ、神社があり

奥に昭和レトロな建物、カフェレスト跡

現在は宿坊会館

古いれすとらんと書かれた建物はもう使われて無いのか

その横の昭和レトロなゲームセンター

この昭和レトロな感じが珍しいのか

若い女子グループ達がこの前で写真を撮ってた

このゲームセンターの中に若い人とやってみたかった

エアホッケーゲーム、1970年代からある古い機械のゲームだが

これは単純な機械だからか今でも結構ゲームセンターで見かける

いつも20代女性にゲームで負けてるが向こうは

やった事が無い初のゲーム

なのでこれは経験を活かし勝った、とは言えぎりぎりだったが😥

お化け屋敷 地獄門も昔から残る

1990年代は前におみくじの自動販売機があったが今は無い

昔ながらのチープな造り物のお化けやからくり人形の仕掛けを

見るのは昭和40年代の世代には懐かしい、

結局は作り物のロボットで

絶対に人が変装して出て来て脅かさ無いのは安心だ、

大体人が暗闇から出て来て驚かすのは変装していなくても

驚いて怖いのが当たり前だからあれは反則だと思っている😅

女性は若いのに作り物のお化け達を怖がっていたが

エンマ大王は今でも健在だった

以前は棺桶列車に乗ってだったが今は歩いて回るようだ

以前あったトロッコ列車で行く洋風のお化け屋敷 

ホラーハウス コスミックホラーガイア

は無くなり今はキッズランドになった

建物は大分劣化している

メリーゴーランドやティーカップは子供向けなので今も残る

急流すべり ゴールドラッシュも今でも残るので乗ってみた

アメリカ西部開拓時代をイメージし冒険心を盛り立てる

岩山やサボテンの風景や丸太のボートは今でも健在だが

以前あった幌馬車は撤去されている

15メートルの落下はここでの唯一残る絶叫系マシンだ😅

山上なので絶景を見ながらの急流すべりだ

日も暮れ夜のとばりが降りていい雰囲気になってきた

インスタ映えスポット、女性も撮影していた

以前はジェットコースター ジェットローラー

のあった場所は

イーグルフライに

スリルと爽快感が味わえる飛行体験アトラクションとあって

絶叫マシンではと期待したがちょとしょぼかったかな

前は動物のイルミネーション

日も暮れたので夜景を楽しもうとぷかぷかパンダ

以前はスカイダンボと言われ像だったが

現在は風船を持ったパンダに変わっている

まさかディズニーから抗議が来たって事はないよな😅

絶景が見れる

レールの中にもかつてはチェーンタワーやオクトパスがあった

ゴーカートは来た時からたくさん並んでいたので後回しにしていたが

いつまでも空かないので仕方ないので並ぶ事に

このゴーカートの前に

絶叫系マシンのスカイループやフライングカーペットがあった

今からみるとこの頃は後から狭いスペースに

ぎゅうぎゅうに絶叫マシンを詰め込んでるように見える

80年代はどんどん新しい物を開発し上昇進化していき

それが明るい未来を創るものだと信じて疑わなかった

それが30年以上経ってまさか過去へ回帰するなんて

あの時誰が予想出来ただろうか

結局30分以上並んでようやくゴーカートへ

ここでかなり時間を食ってしまった

凸凹の路面で結構しんどい乗り心地だった

これは明るい時間帯の方がいいかも

日が暮れたのでもう1度、夜のサイクルモノレールや飛行塔に乗って

綺麗な夜景を見ようと思ったが、皆考える事は同じでどっちも長蛇の列

時間が無く諦めた、それでも早めに乗っていてまだ良かった

平日だけど夏休み最後の週という事で夜になるにつれ

だんだん家族連れやカップル、特に女子グループが多かった

結局、8つの乗り物に乗り8枚券を使った、

3200円分乗って、4枚乗り物券が余ったので元は取ったか

まあ乗り物に乗らなくても絶景の夜景は見えるが

入り口のミニチャアハウスのライトアップ

ここはペットもOKなので犬連れが写真を撮ってた

山上の遊園地だけに移動で坂を登ったりして結構疲れた、

ひらパーも少し丘だったけれどそれ以上に😅

閉園1時間前の20時の帰りの生駒ケーブルカーは一杯だった、

電車内も女子グループがたくさん来ていた、

女子同士でインスタ写真を撮るのが流行っているのか?

この後は近鉄電車に乗って布施駅で降りて京橋の駄菓子BAR

ウサギ堂の姉妹店、駄菓子BARネバーランドへ

昭和なホラー映画グッズのBAR 駄菓子BARネバーラン堂 黄色い宇宙人が目印 東大阪市 布施

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執筆者:中途半端な昭和人


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1999年3月29日にやってきた
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2012年5月12日生まれ、2012年8月27日に家族の1員に、長距離旅には先代よりたくさん行った
2023年7月8日に心臓肥大による心臓破裂で1時心肺停止、その後奇跡の蘇生、元気に復活するも2023年9月9日肺水腫再発により没 大声で泣いている顔 絵文字

 

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